前回(ベヒシュタイン フルコンサートグランド 黒艶消し全塗装 詳細 前編)
に続き後編の投稿となります
修理再開
以前に本体の裏面や脚などの木工修理を終えてこの様な状態で中断していた修理を再開しました。
全塗装修理の場合はこんな感じでピアノをひっくり返して必要な処理をしていきます。
外装を綺麗にした後からひっくり返すだの何だのとやるのはリスクが高くて嫌ですからね。
かと言ってピアノの下に潜り込んで大掛かりかつ細い作業をするのも大変なので柱とかの刷毛塗りなど事前にやれることは極力やってしまいます。
本体剥離
それから本体の剥離作業
クラックだらけだったボディの剥離が終わった状態。
ポリエステルの剥離は本当に骨の折れる作業で、、ラッカーやウレタンなら剥離剤という塗装を溶かす溶剤を使って比較的短時間で剥離できるんですがポリエステルはそうはいきません。どういう違いかはわからないのですが、ものによっては何時間かけても本当に無反応というか少しも反応しないんです。これも全く剥離剤が効かない感じでした。
そこで登場するのがヒートガン。(ホットガンとも言います)
簡単にいうとドライヤーの強力なやつです。(このヒートガンの最高温度は550℃)
タバコに火もつけられます。
ポリエステルは熱で柔らかくなるので熱して柔らかくなったポリエステルをスクレーパーで少しずつ剥がすというやり方です。
それでも簡単に剥がせるのは上塗り塗料までで、結局サフェーサーは残ってしまいます。残りはサンダーなどを使ってひたすら削り落としていきます。
例えば1日中(8時間ほど)やってもボディの剥離すら全部は終わりません。
それを全てのパーツにやっていくわけなので半端じゃない。
理屈上は毎日朝から晩までヒートガンで熱してスクレーパーで少しずつ剥がすのを数日やり続ければいいんですが、無理です。
なのでとても時間がかかってしまいました。
言い訳がましいけど、、、やってみればわかりますが、変な傷をつけないように気をつけながら同じ作業を数日間、朝から晩までこの作業だけをやり続けるのは無理なんです。
でもやらなきゃ終わらない。というか、これをやらなきゃ塗装を始めることすらできない。
結局少しずつ他の仕事もしながら、とても長い時間をかけて剥離しました。
本体下地塗装
写真は1回目のサフェーサーを研いだところ。
このピアノはとても手間がかかることはわかっていました。そして手間をかけてなるべく完璧に仕上げるつもりでここまでも作業してきました。
塗装の段階に入っても同じです。ここまできて手間を惜しんだら今までの努力が無駄になってしまうのでもう手を抜けません。笑
普通一回で済ませるサフェーサーも薄塗りを数回繰り返し無駄な厚塗りを避けました。
結局、塗って研いでまたサフェーサー、というのを3回繰り返しました。
塗装は下地(下処理)が命です。
しかも今回は艶消し仕上げですので、この下地塗装の出来が最終仕上げの出来栄えに大きく影響します。
仕上がりが野暮ったくぼってりした感じになるのを避けました。
響板剥離作業
ベヒシュタインフルコンは響板のニスを削り落としてペーパーがけ。このピアノは次々と問題が出てきてホント一筋縄ではいきません。ボディにもだいぶ悩まされましたが響板もかなりの曲者で試練の連続。毎回、どうすれば直せるのか、何が最良の方法なのか本当に悩みながら一つずつクリアしていきます。でもそれが自分の専門としている事であり、この仕事の醍醐味でもあります。
ここでそれなりの修理をしておけば次にオーバーホールする時までもってくれるはずです。
こういうピアノを直す時に心掛けている事は、例えば20年後か30年後かにまた修理をする時、今回ほど手間が掛からず手直しで済むように処置しておく事。いくらコストを掛けて完璧に修理したとしても必ずまた問題が出てきますからね。
今回、大掛かりな木工修理をしなくて済んだのはペダル、譜面台と響板くらいでしょうか。
ただ塗料の割れからくるシミがだいぶ出ていて消すのに苦労しましたが。。。響板自体はしっかりしていて割れもなく一安心。
これで山場は越えたかな。
響板塗装
響板もやっと下地塗装ができました。ラッカーで塗って欲しいと依頼主様の希望なのでもちろん下地もラッカーです。
でも台風が近づいているようで湿度が高い。ラッカー塗料は湿度の影響をもろに受けるので若干
カブりぎみ。。。
(カブりっていうのは湿度の影響で塗料が乾くときに塗膜の表面が結露して白く濁っってしまう現象のことで、カブり、カブるなんて言います)
ノンブラとかリターダーを使うっていう手もあるけど僕はあまり好きじゃないので、、(ノンブラとかリターダーっていうのは塗装の乾きを遅くしてカブりを出にくくする添加剤みたいな物です)それを使うといつまでも完全には乾かない感じがするんですよね。なので基本的に使いません
ただ、そのいつまでも完全硬化しない感じを狙って使うこともあります。逆に。ごく稀に。
今日は下地なのでなんとかなったけど、上塗りは台風が過ぎて湿度が下がってからじゃないと無理だな。。。
青焼き(ブルースチール)ネジ
青焼きは簡単に言うと金属を焼き入れして青色に変色させた状態です。(ピアノ調律師さんはチューニングピンの『ブルーピン』て言えばわかりますよね)こうすることで表面に酸化皮膜ができて防錆になるのと綺麗なブルーになるので装飾の意味もあります。本来は金属の焼き入れでの硬さや粘りも関係している難しい話のようですが。
このブルースチールネジ、ドイツのピアノに多い気がします(自分がそう思ってるだけですが)
このベヒシュタインはこれがたくさん使われていて、響板に使われているネジもブルースチール。でもさすがに古く綺麗ではなくなっているし錆も出てるので1本1本きれいに磨いてから青焼きしました。
バーナーで炙って青焼きしていくのですが、やってみるとわかりますが(やらないか笑)コレが結構難しい。
熱していくと温度によって色が変化していくんですが綺麗な青になるのはほんの一瞬ですぐに色が変わってしまう。
ちょうどのタイミングで同じ色にしていくのはかなりコツがいります。
実用的だし見た目も綺麗だしすごく面白い作業ですよ!
ネジを戻してその上から塗装しました。まだ下地だけどもうこれで仕上がりでイイんじゃないか?ってくらい綺麗に見えます(写真なので) しかし後日ペーパー入れてクリア塗装していきます。楽しみです。
響板のネジだけじゃなくあらゆるところのネジがブルースチールです。
綺麗に磨いてから青焼き、ピアノの屋根の蝶番だとか直径数ミリのネジも数十本、それ以外にもまだまだあるので気が遠くなりますが、、、😎ワクワクします。
響板デカール
響板にデカールを貼ります
このデカールは転写式なのでローラーやコテを使って擦り、慎重に転写します
これが意外と難しい。
この後、上からもう一度クリア塗装してコーティング
フレーム作業/アグラフとヒッチピン磨き
いよい作業終盤になってきたベヒシュタインですが、今週は本体の艶消し塗装とフレームの塗装準備などをしています。
フレームは金粉を混ぜた塗料(といっても真鍮の粉)で塗装するんですが、その前に全体の汚れやサビを落とします。そして塗装前にやっておかなけれはならない作業。アグラフ磨きとヒッチピン磨き。
アグラフは弦を通すための穴が空いている真鍮パーツ、ヒッチピンっていうのは弦を引っ掛けるための小さな鉄のピン。
それらをピカピカに磨くのですが、塗装を傷つけてしまわないように塗る前に磨いておく必要があります。
ヒッチピン磨き
このヒッチピン、大抵のピアノはピンに弦を引っ掛けて折り返して張っていくので本数は比較的少ないんですが、このピアノは総玉といって各弦にピンに引っ掛けるための輪っかを作ってピン1本に弦1本ずつ留めていくタイプ。
弦240本に対してヒッチピンも240本あります。
普通のピアノは
こんな感じですが、総玉のピアノは
こうなります。
しかも錆がけっこう。。。簡単にピンを交換できればいいですが交換は大変。なので基本的にチマチマと地道にやっていくしかないんですね。
せっかくピアノ全部を新品のように直していくんですからここだけ手抜きするわけにはいかないので1本1本全部磨きました。
アグラフ磨き
もちろんアグラフもピカピカに磨きましたよ。
それと、このブログは目の肥えた方たちが見てる可能性があるのであえて言っておきます。
穴の中もピカピカですよ!。笑
これでバッチリです👍 心おきなく塗装の準備に取りかかれます。
それにしてもフルコンはやっぱりデカい!
フレーム塗装
フルコンのフレーム塗装はでかいのでそもそも楽ではないですが、今回難しかったのはサインが入っていたから。しかもそのサインの一部だけ残して他は綺麗に塗装し直して欲しいとご依頼いただいていました。
金粉の色を古い塗装の色に合わせて調整して残さなきゃいけないサインのギリギリでぼかす。
これもまた新しい挑戦でした。
色んな金粉を試して、さらに色を混ぜたりして。かなり面白い作業でした。
本体のつや消し塗装
ボディ本体の塗装が終わりました。
このピアノは黒のサテンフィニッシュ(黒ツヤ消し塗装仕上げ)ツヤの具合は『全艶消し』くらいにしました。
艶消し塗装をする場合、普通は塗料メーカーが出している艶消し塗料(5分艶消し、7分艶消し、全艶消しなど)を使うのですが、うち(ピアノリフィニッシュ)では特に黒の艶消し塗装をする場合、艶消し塗料をそのまま使ったりはしません。(そのまま使うとどこか野暮ったい感じの雰囲気になるので)
塗料に混ぜる着色剤の種類や量を変え、艶消し添加剤を使い、そのピアノに合った色ツヤになるよう調整します。大量生産型ではない個人の塗装工房だからできるこだわりです。(これは自分の勝手なこだわりです。別にやらなくても良いかもしれません。笑)
黒の艶消し塗装
ピアノ塗装の中で技術と必要な経験値的に一番難しいのが黒の艶消し塗装だと思います。
ツヤありの塗装なら塗りムラがあったりザラついてしまった部分があってもペーパーをかけて磨いてしまえば補正できますが、艶消し塗装はそれが一切できません。
塗り上がりがそのまま仕上がりの肌になり、中でも黒は特にアラが目立つのでものすごく神経をつかいます。
黒艶消しのむずかしさ
- 塗装の厚いところと薄いところが出来てムラが出てしまう
- 乾いたところにミストが跳んでザラついてしまう
- 重ねて塗る部分などが塗料の乗せすぎで垂れてしまう
- 塗装に目立つゴミがついてしまう
- 塗膜の厚みによって細かな肌の凸凹具合が変わってしまい触り心地もおかしく艶ムラにも見えてしまいます。さらに薄い部分は表面乾燥も早いので他の部分を塗ってる間にミストが付着してザラつく原因に。なので薄く塗るのはNGでしっかりと塗り込んでいかなければなりません。しかも高速で。
- しっかり塗り込んでいくと塗装の重なる部分が厚くなりすぎて塗装が垂れてしまいます。重なる箇所は微妙に薄くなるように塗り、重なった時に他と同じ厚みになるように塗るテクニックを使います。ムダな重なりがないように狙ったピンポイントで塗料を止めたり出したりもします。
ここまで神経使って塗っても目立つゴミが一つ付いたら全体塗り直し。今回はボディです、ゴミ一つのせいでボディ全体塗り直しです。涙
しかも塗り重ねるほどに肌が悪くなるので乾くのを待ってペーパーがけからやり直し。。。「ふり出しに戻る」を通り越してマイナススタート。そして塗料もまた同じだけ使います。(ガーン)
半端じゃなく「神経すり減るなぁ」と今あらためて実感してます。だってこの文章を書いてるだけで頭痛がしてきてますから。笑
と、軽く技術解説のようになってしまいましたが、こういうのが好きな人もいるでしょうきっと。
響板塗装動画
ちなみに艶消し塗装ではないですが、先日このピアノの響板塗装動画をインスタグラムに投稿しました。そのインスタ動画は⇨こちら
実はこの動画には上に書いたような細かい塗装テクニックがたくさん入っています。みる人が見れば細かなテクニックを駆使して塗ってるのかがわかるようになってます。(ちょっと早送りしてるので少し伝わりにくいかもですが)
興味のある方は見てみてくださいね。(音も合わせて聞くとわかりやすいです)
「チコちゃんに叱られる!」への撮影協力
NHKの「チコちゃんに叱られる!」で使うための映像への協力もさせてもらいました。
あまり時間のない中でしたが撮影の合間などには色々な番組制作の話を聞いたりピアノ業界の裏話を少ししたりして楽しい体験でした。
放送で使ったシーンはほんの一瞬でしたが良い思い出になりました。
フレームネジのメッキ
長いこと作業してきたベヒシュタインのフルコンですが、ついにフレームが乗りました。
フルコンの黒艶消し塗装(黒サテンフィニッシュ)は正直かなりの難関でした。
黒艶消し塗装は自分の技術力と判断力を試されるワクワクと同時に、今の自分には出来ないことを全部つきつけられるような感覚。
追求したい理想、仕事であるという現実。
フレームのネジ類はメッキ剥がれやサビが酷かったので再メッキしました。
メッキ業者に頼むのも一つの手ですが綺麗な仕上がりを求めるとかなりの高額になるので、数年前から自前でメッキをやり始めました。(ニッケルメッキです)
何もわからない完全な初心者だったので最初はぜんぜんうまくいかず何度も挫折して、、、安定化電源装置を買って電流と電圧の調整やらメッキ液の作り方やら試行錯誤して、ようやく最近コツをつかんできて失敗なく綺麗にメッキ出来るようになってきました。
やればやるほどプロってすごいなと思いました。
頼むと数万円〜2桁万円になるメッキ代も頷けます。。。
おまけ、サンダー掛け動画
先日ベヒシュタインフルコンの屋根にサンダーがけしている動画をインスタグラムに上げたのでこちらにも載せておきます。
これは鏡面仕上げをする時の最初の平面出し作業。(このベヒは屋根の裏と鍵盤蓋の内面はポリッシュ仕上げなのです)
完成
最後は脚にクサビを入れ直し、キャスターやペダルやヒンジ類など真鍮パーツを磨き上げて塗り固め。
今回の仕事では本当に良い経験をさせていただきました。
自分的にも作業にこだわり、満足のいく仕上がりになりました。
ここまで時間のかかる修理を気長に待っていただいた後依頼主の方には本当に感謝です。
今回の記事は過去の投稿から抜き出して再編集してまとめました。
それぞれの作業に関係する投稿に興味を持ってくださったら過去投稿を探してみてください。
とても長い投稿になってしまいました。最後まで読んでいただきありがとうございます。